昨年、ベランダで脱穀したときに、
零れ落ちた米粒が、ベランダの隅で発芽していました。
せっかくなので、植木鉢に移してあげた苗。
それから、いつの間にか大きくなり、
気がつけば、ちゃんと新米が実っています。
特別なことをしたわけではありません。
お米も病気になるのですが、
余計なことはせず、水をあげる程度の毎日でした。
それでも、ちゃんと実るんですね。
新潟では、もう稲刈りを始めているところも見受けられました。
たった一粒の米から芽が出て、
茎が伸び、

葉が増え、
穂ができて、
そして、ちゃんとお米をつける。
風の強い日もありました。
折れることなく、しっかりと立っています。
これを見ていて、ふと思いました。
土壌があり、
水があり、
日光があり、
そして風がある。
必要なものが整っていれば、植物は自分の力で育っていく。
逆に言えば、
多くを与えるのではなく、
育つための環境を整えてあげることが大切なのかもしれません。
これは、子供に対しても、
部下や後輩に対しても、
同じことが言えるのではないでしょうか。
先人がすべきことは、
多くを教えることでも、
すべてを補助することでもない。
自分自身の力で育っていけるように、
必要な環境を整えてあげること。
そして、風が吹いたときには、
そっと手を添えて、支えてあげること。

一粒の米から育った稲を眺めながら、
「育てる」ということについて、
少し考えさせられました。
人も植物も、
育つ力そのものは、
もしかすると最初から持っているのかもしれません。
だからこそ、
その力を発揮できる環境をつくる。
それが、先に生きている者の役割なのかもしれません。


